読みもの
2023.11.12
原田慶太楼の「Knock on the Door」第12回

落合陽一×原田慶太楼アートキャリア対談(前編)〜インプット、アウトプットを繰り返す日常からインスピレーションは生まれる

原田慶太楼さんと同時代を牽引する一人、メディアアーティストとして活躍する落合陽一さんをゲストに迎え、アート(芸術)とキャリア(仕事)について対談を行ないました。
今回(対談前編)は、創作に必要なパッション(情熱)、インスピレーション(ひらめき)、ラストスパートのこだわりなど二人の仕事術がテーマです。
次回(対談後編「テクノロジーの進展とともに、音楽のクリエイションはますます広がる」11月26日公開予定)は、AIがクリエイターの世界をどう変えていくか、音楽とテクノロジーの関係などに踏み込みます。
さて、のっけから、原田さんが大切にしているパッション(情熱)に落合さんが疑問を呈しているように見えますが……。

原田慶太楼
原田慶太楼 指揮者

アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に目覚しい活躍を続けている期待の俊英。2021年4月東京交響楽団正指揮者に就任。シンシナティ交響楽団およびシンシナティ・ポップス・オ...

取材・構成
能勢邦子
取材・構成
能勢邦子 コンテンツディレクター

『anan』元編集長。『Hanako』『POPEYE』元副編集長。2018年まで約30年間、マガジンハウスで雑誌や書籍の編集に携わり、話題作を次々に生み出す。担当した...

撮影:岩本慶三

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キャリアにパッションは必要ですか?

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原田 この連載を始めたのは、日本の学生と接していて、将来のキャリアに不安を持つ人が多いと感じたことがきっかけです。僕自身は音楽を学び体験し、周りの環境の変化と共にライフプランを作ってきましたが、その方法がわからないと言われてしまう。パッション(情熱)の見つけ方がわからない。

落合さんは、どうやってパッションを見つけてきましたか。パッションをどう定義していますか。

落合 僕がですか。

原田 パッションと聞いたら。

落合 パッションと聞いたら、あー、そうね、痛そうです。

原田 え?(一同驚く)

落合 痛そう。痛そうです。

僕は無理がない生活というのがいちばん自分にとっては重要だと思っています。特にパッションはないんですよ。つまり、なんだろうな、自然がいちばんっていうのがあって。

もちろん、コンパッション(共感)と言われれば、意味はわかるんですけど、 僕自身はなるべく物事にパッションを持たないように過ごしています。常時、通底したゆっくりした生活が向いている。

ただ、何かに対して向き合い続けることを、熱量高くパッションでいくか、毎日やれるようにするかって、やってること自体はけっこう似ているんですよね。常にそれのことばっかり考えて人生を過ごせるかどうかということ。

それが、テンションが上がったり下がったりする人もいれば、ずっと両足つかったままじっとしている人もいる。そういったところで言うと、僕は上がり下がりがないタイプなので、なるべく熱量を高めずに過ごしているんです。

落合陽一(おちあい・よういち)
メディアアーティスト。1987年生まれ、2010年ごろより作家活動を始める。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに作品を展開。筑波大学准教授、デジタルハリウッド大学特任教授。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサー。
近年の展示として「おさなごころを、きみに(東京都現代美術館, 2020)」、「北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs(北九州, 2021)」、「Ars Electronica(オーストリア,2021)」、「Study:大阪関西国際芸術祭(大阪, 2022)」、「遍在する身体,交錯する時空間(日下部民藝館,2022)」など多数。また「落合陽一×日本フィルプロジェクト」の演出など、さまざまな分野とのコラボレーションも手かげる。

原田 でも、いろいろなプロジェクトをやっていますよね。やる理由はなんですか。

落合 やる理由は、毎日楽しいからですね。

原田 楽しいがパッションなんじゃないのかな。

落合 楽しいをパッションにすると、熱量が高くなっちゃうので、そっちにはしないようにしています。すごく楽しくてワクワクすることばかりしていると、なんか落ち着かない。例えば、朝ごはんのような、食パンのような仕事がしたい。それをやっていくと、自分の中では気分が落ち着いていくことをメインの仕事にしたいです。

原田 オンとオフの切り替えもないですか。

落合 はい、僕は常にオフなので。今もオフです(一同驚く)。オンにならないようになるべくしています。

やばいとき、最後の最後だけオンになります。それ以外はオフ状態で、ちゃんと一定のクリエイティブが出せるようにしようと思っています。さあやるぞってやり始めたら、アドレナリンでなんかすべて行っちゃうから。そんなことをしてはいけない。つまり、常にオフの状態でも何かできるようにしています。

インスピレーションは日常から生まれる

原田 なるほど、なんとなくわかります。

いろいろなプロジェクトは、自分から探していく感じですか。インスピレーション(ひらめき)とか、きっかけは、ケースバイケースなのかな。

落合 ケースバイケースですね。向こうからやってくることもあるし、こっちから探しにいくこともあります。

原田 でも、やってもいいし、やらなくてもいいわけでしょう? 

落合 僕、よく「縁がある」って言うんですけど、縁がありそうなものを選んでいます。 

そのときに気持ちが向いたものを選ぶわけですが、けっこうやりたいけれど今じゃないかなということも多いですね。そういうものは詰めすぎてしまうと、やっぱりあんまりうまくいかないので、ゆっくりゆっくり。もうちょっと寝かせておいた方が面白いだろうなって。

ただ、チャンスで来たものは、すぐ逃げちゃうから、それは捕まえないといけないんですけど。

原田 チャンスを捕まえる、そのインスピレーションはどこから得ますか?

落合 インスピレーション、難しいな。でも、なんか、日々を過ごしていると、出会いがあるし、見たものから突然得ることもあります。毎日何かを作っているから、その中で、手から見つけることもあれば、コンピューターが教えてくれることもある。そういうのが組み合わさっていく感じですかね。

だから、毎日、平常運転で、何かがアウトプットできないといけなくて、そうすると、その平常運転で、インプットできないといけない。日々歩きながら、新しいことが考えられないといけない、そんな感じの状態です。

原田 日々平常運転を維持するための自分なりのルーティーン(習慣)、決めごとはありますか。

落合 頭の中で思いついたことは、そのまんまにしておかないで、なるべくすぐアウトプットします。書き留めるか、作品にしちゃうか。あとは、誰かに伝えるか。ちょっとイライラしたことでも、もしくはちょっと面白いなと思ったことでも。頭の中に入れておくとなくなっちゃうので。

原田 それは忘れちゃうということ?

落合 忘れちゃうし、なんか古くなっちゃう。頭の中に置いておくとストレスになるので、浮き沈みがないように常に快適な状態でいるためにもけっこう大切です。

原田 アイデアをアウトプットするときはパソコンですか。アイデアプレイスのような場所を作って何度も見に行ったりするのかしら。 

落合 アイデアプレイスというより、作品の形にしちゃう。もうすぐに実行することの方が多いですね。

原田 いいよね。すぐに実行できるから。

落合 ま、プログラム書けるから。どうしようかなと思ったらカチャカチャって。でももちろんハードウェア作るのに時間はかかりますよ。あー、この削り出ししないといけないなみたいなのはあります。

作曲家が思いついたフレーズがあったら、メモっているよりもうピアノで弾いちゃう、たぶんあの感じに近いです。

原田 すごい、わかりやすい。

最後の最後のこだわりはパッションだ!

落合 原田さんは、インスピレーション、どういうところから得るんですか。

原田 落合さんとまったく同じです。

インスピレーションって探しに行ったら見つかるものじゃない。探しに行ったら、それはインスピレーションじゃなくて、自分が欲しいものの欲が出てしまう。だから日々の平常運転の中から、いつもとの違いが何かインスピレーションになったりします。

落合 いつもとの違い、あー、そう聞くと僕もパッションあるかもしれない。最後の最後、詰めをやっているオンのときはパッションがありそうな気がします。

原田 最後に近づいていくとき?

落合 いちばん最後「どこまでこだわるか」みたいなところは変なパッションがあります。

原田 それはやっぱり最終的なプロダクトに自分の名前がつくから、個性を出すからですよね。

落合 最後の最後に見ていて、どうしてもこれはこのままだと納得いかないなということはあって、そこにはすごくパッションがあります。でも、その瞬間だけですね。最後の最後、いちばん最後、仕上げのとき。

作品だったら、やすりがけとか、インターラクションだったらタッチアンドフィールとか、あのときだけは妙にこだわりがあって、そのこだわりはもうそこで全部昇華しないと作品に仕上がらないので。

原田 It’s too lateになっちゃう。

落合 そうIt’s too lateになっちゃう。忘れる前に全部そこはやっておかないといけない。

原田 そこはすごい共通点だなと思う。

僕、明後日コンサートで、今日と明日リハーサルなんですね。指揮者って、もうでき上がっている作品をリハーサルするわけで、誰でも同じ楽譜で同じオーケストラで演奏できるけど、最後のファイナルタッチにやっぱり僕の個性を入れるから。そうじゃないと、別に誰がやろうと関係ない。

落合 今日いなくても大丈夫。

原田 そうそう。オーケストラって上手だったら、別に指揮者いらないし。だから、そこがすっごい似てるなと思う。

落合 最後の最後、この瞬間はこだわらないといけない。こだわりは必要だって、よくわかります。

原田 ただ、なんか変にこだわりや個性を出してしまうと、わざとらしくなってしまう。オーガニックじゃなくなってしまう。そこのバランスって、サイエンスとかプロジェクトとかだと、どうなんだろう。

落合 オーガニックなものを目指すには、やっぱり僕は健やかじゃないといけないってよく言っていて。健やかなものって余計なものが含まれてないっていうか。 

でき上がったなって思ったら、あえてそこに僕の名前を刻んで変えようとはしないです。これは僕が気持ちいいものなんだから、これでいいだろうというところで、やりすぎずに終えるのが重要だと思っています。やりすぎちゃったかなということも、よくあるんです。

20代半ばで訪れたターニングポイント

原田 やりすぎちゃったかなというときは、さりげなく直しますか。

落合 さりげなく直します。論文はさりげなく直せないけれど(一同笑)。作品はさりげなく直せるので、大体、展覧会に行って10日ぐらいすると、僕の作品、ちょっと直ってます(一同爆笑)。やっぱり置きが悪かったなとか言って、ちょっと右だなとか言って。ちょっと端っこのプログラムが納得いかないかなとか言って直すことはよくあります。

原田 僕もそうです。日本のオーケストラって大体リハーサルと本番の会場が違うんですね。だから本番の会場でホルンの位置をちょっと右にずらすだけで音が全然変わるとかってあります。そういうふうな最後の最後のこだわりっていうのはいつもあります。

落合 大事大事。めちゃくちゃ大切。でも、あのこだわりを、そう、あのこだわりをすべてのものにやると、生きていられないですよ。

原田 バーンアウトする(燃えつきる)だけ。

落合 こだわりたいこともいっぱいあるんですけど、だから、対象物にこだわるのは、作品を作るときだけと決めているんです。あんまり会社ではこだわりすぎないようにして。学生さんにもこだわりをぶつけすぎないようにしている。教育のときにこだわると、お互いにとってあんまり良くない。僕はこうしたいって言っても、この人の人生だしなと思うし。

原田 まあたしかに。今のは30代の話だけど、20代の落合さんはどうでしたか。昔からそう?

落合 20代のときは、それこそパッションで全力を尽くすのが好きだったので、常にストイックに対象に向かって全部のこだわりを実現したいみたいなのはあったと思いますね。ただ、今はそれをすると逆に良くない——あ、体力的にじゃなくて、対象物があまり面白くなくなっちゃうというのがある。

原田 そんなふうに考え方が変わったターニングポイントはなんですか。

落合 自分が何を考えているんだろうという、らしさが出てきたときかな。自分らしさみたいなものが出てくると、自分らしさって勝手に転がっていく。勝手に転がって、いろいろな自分らしさが多面的に出てくるんですよ。たぶん26、7歳ぐらいの頃です。

初めて本を書いたりとか、作品がけっこうみんなに見てもらえたりとか、自分らしいっていうのがだんだんちょっとずつわかってきた頃から、それを全方位的にやってくより、自分がこだわるポイントをちゃんと作っていった方がいいなって思いました。

ラストスパートは技術と集中力のせめぎ合い

原田 20代でそれだけ頑張ったのは理由があったわけじゃない? 自分が成功したいから頑張ったのか、自分の限界を試したいから頑張ったのか……。

落合 自分の限界を試したいほうが大きかったんじゃないですか。

原田 自分の、そのときの、ここまでいけるんじゃないかというイメージはありましたか。

落合 それはソーシャルにはあんまりなくて、ただ、ものを作るときのクオリティとしてはあったと思います。

原田  そのイメージは今でも続いていますか。

落合 今でも続いていると思います。ギリギリになると。ギリギリになるといつも始まるんですよ。来週オープンだと言われると、え、来週展覧会オープンだった?って。彫刻とか全部作ったんだけど、あー、最後ここが気に入らないな、みたいなことがよくあります。

原田 なんか、アドレナリンラッシュね。

落合 そうそう、最後、アドレナリンが出ちゃうんですよ。

先週もありました。いま仏像を作っていて。木を曲げて作るんですよ。曲げ木といって、木に水を含ませると、ちょっと柔らかくなる。柔らかくなった木を固定して、その後、熱を加えると、固まっていくんですけど、そのカーブが本当に気に食わなくて。プレオープンして、みんないいって言ってくれるけど、僕は本当に気に食わないと思ってしまって、夜、曲げ木を10時間ぐらいかけて、みんなで、ひたすら曲げていました。

原田 今まで、ラストスパートでそうやってやってきて成功しちゃっているから、ラストスパートまで待っても大丈夫だなという余裕があるんでしょうね。

落合 ラストスパートまで待っても大丈夫だなという余裕は年々なくなってきています。

原田 そうなんだ。

落合 最大の問題点は——あ、でもこれけっこう難しくて。ラストスパートのクオリティは年々上がっているんですよ。クオリティは上がっていく。テクノロジーはめちゃくちゃ伸びてきているから。つまりAI使ったりとか、いろんな技術が発達しているから。早くなって、しかもラストスパートギリギリまで粘れるけど、その分だけ僕の普段使える時間がどんどん短くなっている。

原田 24時間が足りてない。

落合 技術の進展と、自分の集中力の掛け合わせが、うまくいっているときは最高にうまくいくし、うまくいかないとダメだと思いながら当日になることもある。それをちょっとずつ調整しながら、あまりへこみすぎずに毎日頑張って生きているんだけど……。

ラストスパートの前に大体終わらせるようになってきたのは、やっぱり30歳になってからかな。プロジェクトが大きくなって関わる人が多くなったから、早めに終わらせないと終わらなくなっちゃった。

原田 わかります。最初はパッションを持たないと言っていたけれど、ラストスパートのパッションや日常のルーティンなど、僕ととても似ている気がします。

(後編「テクノロジーの進展とともに、音楽のクリエイションはますます広がる」に続く)

 

公演情報
クラシック・キャラバン2023 クラシック音楽が世界をつなぐ~輝く未来に向けて~華麗なるガラ・コンサート 熱狂三協奏曲

日時: 2023年11月23日(木・祝)15:00開演

会場: 札幌コンサートホールKitara 大ホール

曲目: 伊福部昭/ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番ハ短調 作品18、ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調 作品102

共演: 豊嶋泰嗣(ヴァイオリン)、清水和音(ピアノ)、川久保賜紀(ヴァイオリン)、遠藤真理(チェロ)、スーパー・クラシック・オーケストラ

料金: S席6,000円、A席4,500円、B席3,000円

詳しくはこちら

オーケストラ・ディスカバリー2023「みんな集まれ、オーケストラ!」 第3回 チャイコフスキー・アンド・ヒズ・フレンズ

日時: 2023年12月3日(日)14:00開演

会場: 京都コンサートホール 大ホール

曲目: チャイコフスキー/序曲《1812年》作品49からエンディング、プロコフィエフ/組曲《キージェ中尉》から第4曲「トロイカ」、ムソルグスキー(ラヴェル編)/組曲《展覧会の絵》から第9曲「バーバ・ヤガーの小屋」、第10曲「キエフ(キーウ)の大きな門」、ほか

共演: ロザン(ナビゲーター)、京都市交響楽団

料金: 指定席おとな(19歳以上)3,000円、こども(5歳以上18歳以下)1,500円、自由席おとな(19歳以上)2,500円、こども(5歳以上18歳以下)1,000円、

詳しくはこちら

りゅーとぴあジルベスター・コンサート2023

日時: 2023年12月31日(日)15:00開演

会場: 新潟りゅーとぴあ・コンサートホール

曲目: バーンスタイン(マソン編)/ウエストサイド物語セレクション、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番ハ短調 作品18、ラヴェル/演奏会用狂詩曲《ツィガーヌ》、《ボレロ》ほか

共演: 亀井聖矢(ピアノ)、服部百音(ヴァイオリン)、石丸由佳(オルガン)、Noism Company Niigata(舞踊)

料金: 全席指定10,000円、U25 6,000円

詳しくはこちら

原田慶太楼
原田慶太楼 指揮者

アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に目覚しい活躍を続けている期待の俊英。2021年4月東京交響楽団正指揮者に就任。シンシナティ交響楽団およびシンシナティ・ポップス・オ...

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能勢邦子
取材・構成
能勢邦子 コンテンツディレクター

『anan』元編集長。『Hanako』『POPEYE』元副編集長。2018年まで約30年間、マガジンハウスで雑誌や書籍の編集に携わり、話題作を次々に生み出す。担当した...

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